仙台地方裁判所 昭和27年(行)13号 判決
原告 相沢包助
被告 宮城県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が原告に対し昭和二十七年五月十三日附なした別紙目録記載の農地を目的とする賃貸借契約解除不許可処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、」との判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の農地は原告の所有で、原告は昭和二十年中訴外関雅治に対し古川市農業委員会の定める小作料を毎年支払う約で賃貸したが、昭和二十六年十二月九日被告に対し右賃貸借契約の解除を為すにつき許可の申請を為した。これに対し被告は昭和二十七年五月十三日附右許可をしないという決定を為し、同月二十三日原告に対し右決定書を交付した。しかしながら、訴外関雅治は昭和二十三年度以降昭和二十六年度迄の小作料の支払を怠つたことがある。又原告の家族は原告、妻及び長女の三名で、不動産としては、現に居住している建物と、その敷地である宅地の外農地合計一町五反六畝を所有し、その内一反二畝を原告と長女の二名で耕作し、その他の農地は他に賃貸している。収入は小作料として一年金四千円位を得る外以前宮城県土木部に勤務したことで年額金三万八千四百円の恩給を受けているにすぎない。従つて右小作料はその農地に対する公祖公課を支弁することにすら不足し、全収入を以てしても一月間の家族の生計を支えることができない状態で、これまでに既に所持の被服家具等を売払い、家族をして食品雑品の行商を行わしめて生活の支えとしているけれども年々負債を重ねて窮乏の生活をしている。このままでゆけば一家は飢餓線上を彷徨しなければならないから原告は本件農地を自作することを必要としている。これに反し関の家族は七名で、不動産としては居宅十五坪とその敷地たる宅地百九十坪の外農地合計三反三畝十三歩を所有し、右農地の外本件農地を加え合計七反二畝一歩を、関本人、妻及び長女の三名で耕作している。関は右農耕の外日雇労働に従事しているから仮に本件農地を原告に返還してもその家族の生活には何等支障がない。以上の事実は農地調整法第九条第一項に小作料を滞納する等信義に反した行為があつたとき及び賃貸人の自作を相当とする場合その他正当の事由ある場合に該当する。従つて、本件は被告において原告の申請に対し許可を与うべきに拘らずこれを不許可とした違法がある。よつて、原告は右不許可処分の取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、訴外関雅治が被告主張の通り昭和二十三年度及び昭和二十四年度の小作料並に昭和二十五年度及び昭和二十六年度の小作料として各二十歩分金二十五円不足した額の支払を為したことはこれを認めると答えた(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実のうち冒頭より原告主張の不許可処分の決定書が原告に交付された迄の事実及び訴外関雅治が原告主張のように小作料の支払を延滞した事実は認めるけれども同人は右小作料中昭和二十三年度分及び昭和二十四年度分は昭和二十七年四月二十日同人より原告に対し、又昭和二十五年度分及び昭和二十六年度分は昭和二十七年五月頃古川市農業委員会を経てその支払を為した。訴外関雅治が右のように小作料の支払を延滞したのは生活困窮のためであるから宥恕すべき事由がある。原告の所有農地の面積、耕作面積、世帯人員は不知、関の所有農地は三反三畝六歩、耕作農地は小作地を加え田六反五畝九歩、畑五畝歩であつて本件農地を取上げられることは同人の農業経営のみならず、その生活にすら著しい支障を来すから、右農地は、同人をして耕作せしめるのが相当である。
結局被告が原告に対しその申請を許可しなかつたことは何等違法でないと述べた(立証省略)。
三、理 由
別紙目録記載の農地は原告の所有で、原告は之を訴外関雅治に賃貸していること、原告が昭和二十六年十二月九日被告に対し右賃貸借契約解除の許可申請をなし、被告が之に対して、昭和二十七年五月十三日附で不許可の決定をなし、その決定書を同月二十三日原告に交付したこと、関雅治が昭和二十三年度分ないし昭和二十六年度分の小作料の支払を延滞し昭和二十三年度分及び昭和二十四年度分の小作料は昭和二十七年四月二十日になつてから、同人から原告に、又昭和二十五年度分及び昭和二十六年度分の小作料は各二十歩分金二十五円不足した額を昭和二十七年五月頃になつてから、古川市農業委員会を経て原告に支払つたことはいずれも当事者間に争がなく昭和二十五年度及び昭和二十六年度の小作料中右不足額の支払があつたことの証拠がないからいまだその支払がないものと認めるの外はない。
しかしながら、成立に争がない乙第一号証、乙第二号証、乙第三号証の一、二証人関雅治、渋谷楳治、矢島正久の各証言を綜合すると、関雅治の耕作する農地は地味が悪い上にその家族六人(関夫婦とその子四人)のうち、長女は病弱で労働できないのみならず、昭和二十三年頃からは関雅治も眼病や胃腸病に患り十分労働できなかつた為に収穫があがらず為に生活窮乏し、昭和二十五年三月より昭和二十七年三月迄は生活保護法による生活扶助を受けるに至つたこと、その間昭和二十六年十二月末には妻も急性化膿性大腿筋炎の為、古川市の菊地病院に入院し翌年三月二十八日退院する迄生活保護法による医療扶助を受け治療していたがその後は貧困の為治療出来ない状況にあつたこと右の様な事情であつた為に小作料を延滞したものであること及び昭和二十五年度及び昭和二十六年度分の小作料として支払われた額は金一千三円七十三銭で、前記不足額を生じたのは、当時は古川市古川農業委員会が一般の例により関の依頼により同人の為に小作料の収納を行つていたのであるが、関の申請した農地面積に誤りがあつたため右農業委員会の小作料の計算に誤りを来したことによることを認めることができる。証人佐藤さかへの証言中関の窮乏は同人の怠惰等同人の責に帰すべき事由に基ずくかの様な陳述は信用できない。他には右認定を左右するに足る証拠はないから関雅治の小作料の延滞には宥恕すべき事情があつたものというべきであるし、前記不足額は全額に比し極めて小額にすぎず、しかも関の故意に基くことその他特別の事情については何等の主張も立証もないのであるから、右程度の不足額があつたことのみを捉えて直ちに同人に不信行為があつたということはできない。
次に成立に争がない甲第一号証、甲第五号証、証人関雅治、矢島正久、渋谷楳治、佐藤さかへの各証言並に弁論の全趣旨を綜合すると、原告はその家族が原告夫婦とその子(一人)の三人であること、原告は以前は宮城県庁に勤務していた者でその退職後農耕に従事したものであること、原告は現在その所有の畑一反二畝を耕作する他に、年額金三万八千四百円の恩給と一ケ年約四千円の小作料の収入があるにすぎないので生計が困難である為妻は行商を行つていること、けれども、原告は以前より相当の農地を所有する地主であつて、現在も本件農地を除きその所有する約一町歩の農地を他に小作させているので本件農地の返還を受けなくても、必ずしも他に返還を受け得る農地がなくはないこと、一方関方はその耕作する農地は田約七反二畝歩畑五畝歩であるが、そのうち関所有の農地は田三反三畝十三歩と畑五畝歩で他はすべて原告より賃借している本件農地であること、関方は前段認定の通り家族六人をかかえてその生活は相当窮乏しており、その為関は専業農家でありながら農業の余暇には日雇もしていることが認められる。従つて若し関がその耕作する農地の半分にあたる本件農地を取上げられればその生活が益々窮乏に陥ることは推測に難くなく前記証人佐藤さかへの証言中右認定に反する部分は信用できない。他には右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の事実によれば原告の事情が困難であることはこれを推察することができるけれども、これを前記関の事情に比較して判断すると本件は未だ農地調整法第九条第一項但書に所謂賃貸人の自作を相当とする場合に該当するとは認められない。
以上の通りであつて原告の本訴請求は理由がないから之を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 野村喜芳 伊藤和男)
(目録省略)